トピックス

  • HOME
  • トピックス
  • 未来を予測するIntelligenceを生み出す方法 -変わらないものを捉える-
  • 談話室

未来を予測するIntelligenceを生み出す方法 -変わらないものを捉える-

Intelligenceの仕事をしていると、同じくIntelligenceの仕事をしている先達のことを研究したくなります。Intelligenceの定義は諸説ありますが、ワタクシは『データに触れて、そこから「流れ」をつかむ』という風に解釈しています。
ワタクシが諸先輩から感じとった手法を、ちょっとご紹介します。
キーワードは「変わらないものを捉える」です。

エマニュエル・トッドさんの着眼点

トッドさんは、「ソ連の崩壊」を予告した学者として、一躍有名になりました。どのデータから「ソ連の崩壊」を感じたのかというと、『乳幼児の死亡率の高さ』です。
続いて、「アメリカ大統領選でのトランプ勝利」の可能性を宣言しました。『アメリカの白人45~54歳男性の死亡率』が、1998年以降、上昇に転じていたことが、気づきのポイントでした。以下に参考URLを示します。
https://shimamyuko.wordpress.com/2015/11/03/

こうした『データに触れて、流れをつかみました』
データから流れを予測するには、エマニュエル・ドットさんが自分自身で獲得した『基礎知識』が必要でした。それが、家族システム論です。
仏文学者の鹿島茂さん(明治大学教授)の解説がとてもわかりやすいので、それを引用させていただきます(「エマニュエル・トッドで読み解く世界史の深層」ベスト新書)。以下がドットさんの家族システム論の概要です。
トッドさんは、人類の家族類型を4つのパターンに分類しています。
絶対核家族:結婚した男子は親と同居せず、必ず別居する。子供の教育には不熱心。親の財産は兄弟の中のひとりに相続されるが、それが誰かは決まっていない。兄弟間に平等の意識はなく、相続争いになる(シェークスピアの『リヤ王』のように)。家庭内の女性の地位は比較的高く、女性識字率も高い。
(イングラント、オランダ、デンマーク、アメリカ合衆国、オーストラリアなど)
平等主義核家族:子供は早くから独立傾向が強く、結婚後は親と別居。親の権威は弱い。子供の教育には不熱心。ここまでは絶対核家族と同じ。違うのは、兄弟間は完全に平等で、親の財産は均等に分配される。兄弟間が平等であるため、姉妹が排除されやすく、女性の地位は比較的低い。女性識字率も低い。
(フランスのパリ盆地一帯、スペイン中部、イタリア南部、中南米)
直系家族:長男と両親が同居する。親の権威が強い。兄弟は不平等で親の財産はすべて長男に相続される。次男以下と女子は財産分与を受けて結婚後別居する。長男の嫁が未婚の兄弟姉妹に対して大きな力を持つ。女性識字率は高い。そして教育熱心。
(日本、ドイツ、スウェーデン、スコットランド、アイルランド、スペインのカタロニア地方など)
外婚制共同体家族:父親の権威が強く、子供たちは結婚後も父親に従う。男子は長男・次男の区別なく平等。結婚後も両親と同居。父親が死んだら、財産は兄弟同士で平等に分割される。家庭内の女性の地位は低く、女性識字率も低い。
(ロシア、中国、フィンランド、ハンガリー、セルビア、ブルガリア)

こうした分類にたどりつくまでに、トッドさんは、多くの国々の家族を見ています。そして、分類する過程で、家族形態の裏にあるもの、「集団の無意識」というものを感じ始めます。個人個人は意識していないのに、逃れられない行動形態が、所属する集団にあることを。
・トランプ大統領出現の予言は、アングロ・サクソン系の白人の「絶対核家族」に見られる行動形態をベースに、白人男性の死亡率の高さの裏に隠されている集団の無意識を感じとって行われました。
・イギリスのEU離脱も予言しましたが、EUの主「直径家族」のドイツと「絶対核家族」であるイングランドの相容れない関係がその根拠でした。
・ソ連崩壊を予告しましたが、誰もがみられる世界保健機構の乳児死亡率の推移をみて、そこから国家崩壊を予言出来たのは、「外婚制共同体家族」であることを熟知していたからです。
『データをみて、流れをつかむ』ためには、『変わらないものを捉えている』必要があること、それが『自らつかんだ暗黙知』であることを、トッドさんは教えてくれました。

佐藤優さんの着眼点

佐藤優さんが、「変わらないもの」と自ら言っているのは、『歴史』と『地理』です。「大国の掟(NHK出版新書)」という本で、『歴史+地理』を用いて、アメリカ、イギリス、ドイツ、ロシア、中東の動向を解釈しています。アメリカ・イギリスの孤立主義、ドイツの東方拡大野望、ロシアのユーラシア主義などがよく説明されています。
それよりも、ワタクシが佐藤さんに素晴らしさを感じたのは、『宗教』を人物解釈に用いたことでした。「ゼロからわかる『世界の読み方』(新潮新書)」で、トランプ大統領の行動を『宗教』をベースに解釈しています。本レポート昨年10月号に書評を載せましたが、トランプは、「キリスト教・長老派」であり、行動のすべてが、「長老派」で説明できるというものでした。長老派の考え方は、『生まれる前から、神によって選えらばれた人は決まっている。選ばれた人には特別の使命がある。ひとびとのために自分の潜在的能力を顕在化しなければならない。だから常に勤勉でなければならない』というエリート思想で、「自分が神に選ばれた人間であると信じているトランプ」は、どんなに批判されても動じない神経の持ち主であることを見事に説明しています。
佐藤さんは、同志社大学で、神学を学びました(現在:同志社大学神学部客員教授)。深く学んだことが暗黙知として身に付き、それが『変わらないもの』を掴むことに繋がっています。佐藤さんの神学は、トッドさんの家族類型学とよく似ているな、と思いました。やっぱり「変わらないものを捉え」ています。

橘玲さんの着眼点

エマニュエル・トッドさんは学者です。佐藤優さんは学者ではありませんが、学者相当の知識を有しています。橘玲さんは、作家あるいはジャーナリストなので、専門的な知識は持ち合わせていないと思いますが、橘玲さんは多方面の情報を数多く集め、それを編集して紹介するのが得意です。
橘玲さんの書籍を読んで、小生が気付いた『変わらないもの』は『遺伝』でした。「言ってはいけない(新潮新書)」で、アメリカの学者の研究を紹介しています。「知能の遺伝規定性が80%もの高さを持つ」ということを証明した内容で、「遺伝的に知能の低い幼児に教育を行っても意味がない」とマスコミに受け取られ、人種差別の問題まで発展したそうです。孫の成長をみていると、「持って生まれた性格・行動パターン」がこれまでに想定していたよりもはるかに強く、後天的な学習が人物形成に影響することが小さいと思うようになりました。
エマニュエル・トッドさん、佐藤優さんの暗黙知とは違い、暗黙知を含まない『変りようがないもの』ですが、『遺伝』は、その人物の行動を予測するのに十分な情報を与えています。同じような観点の本に、石井妙子さんの「日本の血脈(文春文庫)」があります。

(M.S.)