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鉄鋼業界のエマニュエル・トッドを目指す -定点観測の発展形-

鉄鋼の研究開発と『ムーアの法則』

尊敬するNKKの先輩・小指軍夫さんが、研究所の副所長時代に言っていました。「鉄鋼の研究はイナーシアが強いんだよね」、と。
確かにそうでした。鉄鋼の研究は、実用化に至るまでに、長い時間を要する研究開発が多いのです。とくにインパクトの強い研究開発は、製造プロセスの革新をもたらすものが多く、パイロットプラント規模での確証実験を経ることが多いので時間がかかります。5年程度、なかには10年かかるものもあります。
鉄鋼の研究の歩みは、1月にご紹介した『ムーアの法則』とは好対照な『亀の歩み』です。でも、研究成果は、『30年前の製品よりも性能が格段に向上しているにもかかわらず、価格は30年前よりも安くなっている』という事実をもたらしています。世の中の人はあまり気が付いてないと思いますが、大きな進歩を遂げていると思います。

鉄鋼業界における『クラスター』

それと、もうひとつ大きな特徴があります。
鉄鋼業界では、以下のような分野ごとに研究開発が行われています。

製銑:鉄鉱石から銑鉄を作る研究
製鋼:銑鉄を鋼に変える研究
圧延プロセス:製鋼で作った鋼を圧延するプロセスの研究
設備・計測制御:製品を作る設備、自動化の研究
厚板:船舶、海洋構造物などの大型構造物の材料研究
鋼管:石油を掘削したり輸送するための鋼管の材料研究
形鋼:建築用のH形鋼、レールなどの材料研究
薄板:自動車用、電気機器用、缶用材料の研究
表面処理:錆を防ぐための研究
ステンレス:ステンレス鋼の研究
棒線:ピアノ線、ばね用材料、ボルト用材料などの研究。
電磁鋼板:変圧器用、モータ用など磁心用材料の研究
建築材料:基礎用鋼管杭、大型ビルの構造などの研究
溶接:鉄鋼製品を使うための研究

この分野を「クラスター」と呼んでいましたが、「クラスター」は、長い間変わっていないのです。ワタクシが研究所に赴任した1974年と今の研究部の形は、ほとんど変わっていません。
「クラスター」は、まるで家制度のようです。家長の「クラスター長」がおり、おとうさんのような存在です。人事も、クラスター内であれば、クラスター長がやっていた時代もありました。
また、「クラスター」は、それぞれの『文化』を持っています。鉄鋼生産における役割分担がもたらした文化です。製銑は高炉という製鉄所のシンボルを抱え、地球環境を守るという使命感が強く、製鋼は鋼を作るのは我々で、
我らこそ会社の中心というプライドがあります。薄板はお客さまと接する機会が多いので、細部にわたって気を遣う習性があります。そしてそれぞれの学問が築きあげられています。

鉄鋼業界の『クラスター』と『家族制度』の類似性

「クラスター」は、日本の鉄鋼業の独特な形のように思います。日本が「家制度」だからでしょうか。「家長」がおり、大家族の「グループ」を束ねます。「グループ」にもリーダーがおり、統一感を持って、研究開発に勤しみます。
最近、気づきました。
これって、エマニュエル・トッドさんが拠り所としている『家族形態』と似ているのではないか
、と。
エマニュエル・トッドさんは、各国の『家族形態』が、各国の行動を律し、『家族形態』を理解すれば、その国の行動パターンがよく理解できる、ということに気が付きました。ワタクシも、『クラスター」を理解すれば、鉄鋼業界の未来を予測できるのではないか、と思うようになりました。

定点観測の発展形 -5年スパンで研究開発の流れを見てみる-

ライバル会社の特許情報を解析し始めて11年目になりました。
これまで、毎年、情報解析を行ってきましたが、今回、5年のスパンで「各クラスターの研究開発」をグラフ化してみました。
そうしたらですね、とても面白い全体像が見えてきたのです。なんとなく感じていたことが、クリアになりました。
表れてきたのは、鉄鋼製品に関する研究開発で、『研究開発の先どまり感』が見えるクラスターとそうでないクラスターがあることでした。1年間でみればわずかな変化ですが、5年スパンで見ると、傾向がクリアに出てきたのです。
エマニュネル・トッドさんは、各国の『家族形態』を研究し、『家族形態』と『各国の動き』の関連を知り、人口統計のわずかな変化を捉えて未来を予測しました。赤ん坊の死亡率の変化に気づいて「ソ連崩壊」を予言しました。45~54歳のアメリカ白人男性の死亡率の変化に気づき「トランプ大統領の誕生」を予測しました。
ワタクシも、鉄鋼業界の『クラスター制度』を理解した上で、特許情報の変化をキャッチし、鉄鋼業界のエマニュエル・トッドを目指そうと思い始めました。

(M.S.)