トピックス

  • HOME
  • トピックス
  • 歳を取ると時間がはやく過ぎていくのを感じる理由 – 子どもと大人の違い –
  • 談話室

歳を取ると時間がはやく過ぎていくのを感じる理由 – 子どもと大人の違い –

「チコちゃんに叱られる」でも取り上げられていましたが、「大人になると、あっという間に1年がすぎるのは、なぜ?」という問題ですね。これについては、少し詳しいです。
特許調査会社の顧問を務めていらっしゃる F さんが、このテーマを、ずーっと研究されていていました。
ひょっとしたきっかけで、このテーマで意見を交わすことが出来、だんだんと自分の考え方がはっきりしてきましたので、それをご紹介します。

オフィスが引っ越したときに感じたこと

この問題を考えるようになったのは、オフィスの引越しがきっかけでした。

「あっという間に1年が過ぎていくなあ」と感じ始めた 62 歳のとき、勤めていた会社が、そっくり別の場所に引越しました。日本橋から大手町への引越しでありまして、500m ほど離れた別のビルへの引越しでした。通勤で使用する最寄駅は、同じ東京駅です。引越したからと言って、業務が変るわけでもありません。
新しいオフィスに引越して7か月ほど経った年末の納会。みんなと話していたら、「日本橋に居たのは、ずいぶん昔のように思えるねえ」ということなり、みんなで頷きあいました。
続いての経験は、65 歳のとき。会社を辞めて自宅で働くことになったときでした。通勤がなくなり、自宅での生活が始まりました。やっぱり1年を振り返ったとき、「会社に居たのはずいぶん昔だったなあ」と感じ、1年間を長く感じたのです。
このとき思ったのは、「変化があると、時間は長く感じる」ということでした。

本に書かれてあった、時間を感じる理由 -脳科学の観点-

そう思っている時、ミッチェル・モフィット&グレッグ・ブラウンという著者の『いきなりサイエンス』という本の、「年を取るほど、時間があっという間に経つように感じるのはなぜ?」という項目に出逢いました。
「鍵は『目新しさ』にある」ということでした。新たな刺激を受けることで、脳に「新たな体験」に関する詳細な情報が刻まれる。そういったときは時間が長く感じられ、逆に、『目新しさ』が無いと、時間が短く感じるということでした。
なるほど、自分の経験、つまり上記の引越しで時間を長く感じたのは、引越しに伴って、いろんなことに変化が生じ、『目新しいこと』に次々に遭遇したことだったのだろうなあ、と納得しました。

次に出逢った本が、神経内科医の長谷川嘉哉さんの本でした。
上記の『目新しさ』を感じた記憶が、どのようにして保存されるか、ということが書かれてありました。
「感情を伴った出来事が記憶に残りやすい」とのことでした。
記憶を大脳皮質に長期記憶として蓄積するかどうかの判断を行っているのが「海馬」です。
「海馬」の判断に重要な役割を果たしているのが、海馬の近くにある「扁桃核」だそうです。
「扁桃核」は「感情をコントロールする部位」で、扁桃核の刺激を伴う記憶について「海馬」が重要なものと捉え、「長期記憶」という倉庫へ送る判断をするのだそうです。

長谷川嘉哉「一生使える脳」PHP 新書 pp44

チコちゃんの番組では、「去年、どんなことがあった?」という質問を、子どもと大人にしていました。
子供は「あれがあった、これがあった」と多くのイベントを、すらすらと語りましたが、大人は、「なにがあったかなあ」と腕組みしました。これが子供の扁桃核と大人の扁桃核の違いなのですね。子供の脳は『目新しさ』を感じることが沢山ありますが、大人の脳は、『目新しさ』を感じることが少ないのです。

経験知がもたらす「熟達」の影響 -認知科学の観点-

もうひとつの観点から、この問題を眺めてみましょう。
「今井むつみ教授のいう『熟達すること』」との関連です。経験を重ねていくと『熟達』することができますが、これを認知科学では、「スキルの自動化」というそうです。
脳の活動度合は、学習が進むにつれて全体的に減少し、意識的な注意を必要としない自動処理に変化していった」と考えられています。
右の写真は、ある運動を習熟していく過程の、脳の活動領域の変化を示したものです。初心者は前頭葉や頭頂葉の活動が活発ですが、熟達者になると、前頭葉や頭頂葉の活動がほとんど無くなり、運動野の活動だけに集中するようになります。
無駄な活動が無くなり、必要なところに集中するようになるのです。
熟達していくということは、前頭葉、頭頂葉の活動が無くなるということです。

今井むつみ「学びとはなにか」岩波新書 pp127

前頭葉、頭頂葉の活動が無くなる状態では、扁桃核の刺激がほとんど起こらず、『目新しさ』を感じることがなくなります。大人の脳は、熟達したが故に、長期記憶が少なくなると考えられます。
「歳をとっていくと時間が短く感じている」ということをテーマに考察を行っている先輩のF 顧問は、「忘れ上手」になることが、時間を短く感じる主因であると力説されています。今井教授の「熟達」と軌を一にするお考えでした。
以上が、ワタクシの研究成果でした。

(M.S.)